東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2358号 判決 1968年2月28日
控訴人(債務者) 財団法人花園病院
被控訴人(債権者) 島田明
主文
原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
被控訴人の本件申請を却下する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人訴訟代理人は主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、被控訴人が甲第一〇ないし第一二号証を提出し、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、控訴人が当審における証人渡辺晏行の証言を援用し、「甲第一〇ないし第一二号証の成立は知らない」と述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決五枚目表六行目に「組合員七名」とあるのを「本件配転命令の対象者たる組合員ら(大久保鶴雄を除く。)」と、同一二枚目表五行目から六行目にかけて「本件配転命令の対象者たる組合員七名」とあるのは「本件配転命令の対象者たる組合員ら(大久保鶴雄を除く。)」とそれぞれ訂正する。同九枚目裏五行目から六行目にかけて「本件配転当時の組合員数が一八名であること、」とあるのを削除する。同一五枚目裏四行目に「債権者本人尋問(第一、二回)」とあるのを「債権者本人尋問(第一ないし第三回)」と訂正する。)。
理由
第一、控訴人が従業員五七名を擁する精神病院(以下「控訴病院」という。)を経営し、被控訴人が控訴人に雇傭され、控訴病院の看護課第三病棟の主任看護人として勤務していたこと、控訴人が昭和三九年一一月二六日被控訴人に対し、就業規則第五一条第一号および第五号所定の懲戒解雇事由に該当する所為があつたものとして解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
第二、そこで、右解雇の効力について判断する。
(事実関係)
成立に争いのない乙第七号証の一、二、第九、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一九号証、第二一ないし第二四号証、第三三、第四〇号証、原本の存在および成立に争いのない乙第三九号証、原審における被控訴人本人尋問の結果(第二回)により成立を認めうる甲第一号証、原審における証人中沢敦子の証言(第一、二回)により成立を認めうる乙第四、第五、第一二、第一五、第一六、第二六、第二八、第三〇号証、第三七号証の一、二、原審における証人山角司の証言により成立を認めうる乙第一七号証の二、三、原審における証人渡辺晏行の証言により成立を認めうる乙第一三号証に原審における証人斉藤道男、島田愛子、同渡辺弘三、同斉藤隅子、同横谷忠彦、同中沢敦子(第一、二回)、同関昌能、同山角司、同平賀よ志子、同中村桓子、同石井忠三、同中田正昭、同大久保鶴雄の各証言、原審および当審における証人渡辺晏行の証言、被控訴人本人尋問の結果(原審は第一ないし第三回)を総合すると、一応次の事実を認めることができる。
(一) 控訴病院には従来職員総会と称する従業員の団体があり、右職員総会は控訴人と交渉して従業員の労働条件の改善を図つてきたが、昭和三九年七月一一日、右職員総会のあり方を不満とする被控訴人その他数名の者の提唱により、当時の従業員五〇数名中三九名が花園病院労働組合(以下「組合」という。)を結成し、被控訴人は組合の執行委員長となり、以来、組合の中心的存在として組合活動をしてきた(上記日時に組合が結成されたこと被控訴人が執行委員長となり、組合の中心的存在として組合活動をしてきたことは当事者間に争いがない。)。
(二) 控訴病院は、昭和三九年八月当時、男子の重症患者および女子の軽症患者を第一病棟に、女子患者を第二病棟に、男子の軽症患者を第三病棟に収容し、各病棟に別紙看護人数一覧表記載の数の看護人らを配置するとともに、社会復帰前の患者を対象とする作業療法の企画、指導に当る看護人として作業療法主任一名を置き、これらの看護人に総員約一七〇名の患者に対する治療の介助ならびに看護を担当させていたが、次のような諸事情が重つて看護人の配置転換を行うことが必要となつた。
1 第一病棟においては、正看護人窪田きく江が病気のため欠勤が多く、第二病棟においては、病棟主任たる正看護人志村梅子と准看護人秋山和子がいずれも退職を申し出て、近く二名の欠員となることが確定していたうえ、准看護人島田愛子(被控訴人の妻)が妊娠中であり、第三病棟においては、すでに昭和三九年六月中准看護人山本美恵子が退職して欠員を生じていた等の事由により、三病棟間の看護能力に不均衡が生じ、これを是正しなければ病院全体として十全の治療看護を果すことができないおそれがあつた。
2 精神病院における治療方法の一として用いられる作業療法は、回復期にある患者を正常な社会生活に復帰させる前段階の仕上げをする等広い応用範囲をもつ治療方法であつて、患者の精神の荒廃を防ぎ、患者を幻覚、妄想等の病的体験から離脱させ、健康を増進させる等の効用を有するものであり、控訴人も病院設立当時から右療法に着目し、医師の指揮のもとに作業療法の企画、指導を専任する作業療法主任を置き、また作業療法懇談会という研究会を設けて看護人の啓発教育を図る等作業療法を効率的に行うことに留意してきたが、近時国の医療政策においても作業療法の価値が認識され、当該治療費の点数化の動きもみられるようになつたため、作業療法主任に企画性、指導性に富んだ適材を充て、右療法の整備強化を図る必要に迫られた。
3 控訴人は昭和三九年一〇月一日付で専任の薬剤師竹川清子を新規採用することに内定し、これに伴い、従来、外来(患者はきわめて少数)に席を置いて薬局業務の補助をしていた正看護人平賀よ志子の負担が軽減されることとなつたので、看護人としての経験の深い同人をして前記志村梅子の後任として第二病棟主任を担当させるのが適当とされた(薬剤師一名の新規採用が配置転換の一因となつたことは当事者間に争いがない。)
4 昭和三九年七月頃から看護人の遅刻欠勤が多くなつて看護業務の乱れが生じ、また一部の組合員と非組合員との間に感情的対立が生じ、配置転換によつて執務態勢を引締め、かつ従業員の気分を一新することが必要となつた。ことに、精神病院においては、患者の疾患の特異性から、一般の病院における以上に、患者と看護人間の人間関係の親疎如何が治療効果に微妙な影響を与えるため、まず看護人相互が職場において協調融和することが治療の必須の前提をなすのであり、したがつて、前記従業員間の感情的対立は早急にこれを解消しなければならなかつた。
そこで、控訴人は昭和三九年八月末医師中沢敦子および看護長佐藤嘉男両名に対し配置転換の立案を命じ、同年一一月一七―一八日頃ようやく成案を得たので、直ちに参与会に諮問し、同月一八日参与会の意見具申があつたので、院長決裁の手続をとり、同月二〇日次のような内容の配置転換を発表し、対象者は同月二四日午前九時から新配置先に勤務すべきことを命じた(控訴人が昭和三九年一一月二〇日従業員一一名の配置転換を発表し、対象者は同月二四日午前九時から新配置先に勤務すべきことを命じたこと、被控訴人が第三病棟主任から作業療法主任に配置替になつたことは当事者間に争いがない。)。
氏名
資格
新配置
旧配置
大久保鶴雄
准看護人
第三病棟主任
作業療法主任
島田明
〃
作業療法主任
第三病棟主任
川崎松枝
正看護人
第一病棟
第二病棟
島田愛子
准看護人
第三〃
第二〃
斉藤隅子
〃
第一〃
第二〃
斉藤道男
〃
第一〃
第三〃
末木房子
正看護人
第二〃
第一〃
平賀よ志子
正看護人
第二病棟主任
外来
窪田きく江
〃
第二病棟
第一病棟
赤池美代子
准看護人
第二〃
第三〃
石井忠三
補助看護人
第三〃
第一〃
右配置転換は―対象者毎に個別的にみれば―次のような理由と必要とにもとづくものであつた。
(イ) 旧第三病棟主任であつた被控訴人は能力、勤務実績が優れているから、控訴人が整備強化を図ろうとする作業療法の主任者として最適任である。旧作業療法主任大久保鶴雄は第三病棟主任の後任に充てるのが適当である。
(ロ) 第二病棟の正看護人川崎松枝は能力、経験に富んでいるから、男子の重症患者を扱う第一病棟への配置替を適当とする。
(ハ) 第二病棟の准看護人島田愛子は妊娠のためもあつて看護能力が減退しているので、配置転換によつて補強する必要があり、かつ、同人を準夜勤(午後五時から翌日午前一時まで)、深夜勤(午前一時から午前九時まで)の服務がある第二病棟にそのまま勤務させることは母体保護の見地からみて不適当である(同人の新配置先たる第三病棟は二階建建物であるが、同僚の協力を得て、できるだけ階段の昇降を避けることが期待できる。)。
(ニ) 第一病棟の正看護人窪田きく江は病気のため欠勤が多く、能率が極度に低下したので、第一病棟の勤務は不適当となつた。同人を第二病棟に配置替し、その代りに能力の高い第二病棟の准看護人斉藤隅子の第一病棟への配置替を相当とする。
(ホ) 第三病棟の准看護人斉藤道男は能力が優れているのみならず作業療法の経験もあるので第一病棟勤務を適当とする。
(ヘ) 第一病棟の正看護人末木房子は能力、経験に富んでいるので、同人が新第二病棟主任平賀よ志子(同人を外来勤務から第二病棟主任に配置替する理由は前述したとおりである。)を補佐し、同病棟において執務することによつて、第二病棟の看護能力の回復向上が期待できる。
(ト) 第三病棟の赤池美代子は昭和三九年に准看護人の資格を取得したばかりの者であるから、夜勤のある第二病棟に配置替して経験を積ませるのを適当とし、第一病棟の補助看護人石井忠三は多年同病棟に勤務し作業療法に習熟していないため、右療法の実施を主とする第三病棟への配置替を適当とする。
(三) ところが、本件配置換の対象者一一名中七名が組合員であつたことから(すなわち、被控訴人が執行委員長であつたほか、大久保鶴雄は副委員長、斉藤道男は書記長、川崎松枝、末木房子は執行委員、島田愛子、斉藤隅子は平組合員であつた)被控訴人をはじめ配置転換対象者たる組合員は、大久保鶴雄を除いて、いずれも本件配置転換命令に不服を抱き、本件配置転換命令は、被控訴人を作業療法主任に配置替して看護長および互助会長(組合員は互助会を御用組合とみなしていた。)と同じ部屋で執務させることによつて被控訴人と他の組合員との連絡を遮断し組合活動に支障を与えるものであり、その他の配置転換対象者たる組合員についてもそれぞれその組合活動に支障を与えるものであつて、組合員に対する不利益取扱であるとし、他の組合員もこれに同調し、昭和三九年一一月二一日、当時の組合員一八名中一四名が会合を開いて協議した結果、本件配置転換に関して控訴人に対し団体交渉を申し入れること、控訴人が団体交渉に応じないときまたは団体交渉が妥結しないときは、組合員は本件配置転換命令に従わず、従前の勤務態勢を維持すべきことを決定した(本件配置転換の対象者一一名中に上記七名の組合員が含まれていたこと、被控訴人および斉藤道男が上記のような組合の役職にあつたこと、当時、作業療法主任の執務場所が看護長および互助会長と同室であつたことは当事者間に争いがない。)。そこで、被控訴人は同日、組合の名において控訴人に対し、同月二三日午後五時から院長室において組合三役および県労連役員二名を組合側交渉委員として団体交渉を開催すべき旨を申し入れた。ところが、同月二一日から二三日にわたり組合と控訴病院庶務主任関昌能との間に開かれた予備折衝の過程で、控訴人側が、交渉事項たる配置転換は控訴病院内部の人事問題であるとの理由を挙げて県労連役員を組合側交渉委員に加えることに反対を表明し、さらに、団体交渉申入書の付記事項たる「病院側がこの交渉に応じない場合又は交渉が妥結しない場合の配置転換は認めず従来の勤務体制を維持する意志を組合は表明します」との記載は、交渉の結論を交渉に先立つて一方的に押しつけるものであるとして、その撤回を求めたのに対し、組合側が右二点を受け容れなかつたことから、予備折衝は難航し、同月二三日には、被控訴人、斉藤道男が県労連役員一名とともに控訴病院事務長渡辺晏行に対し、県労連役員の交渉参加はやめるが、本件配置転換命令の実施を留保してもらいたいと申し入れたため、予備折衝の妥結をみないまま、同日に予定された本件配置転換に関する団体交渉は結局開催されるにいたらなかつた(組合が昭和三九年一一月二一日控訴人に対し、本件配置転換に関し同月二三日に団体交渉を開催すべき旨の申入をしたこと、同月二一日から二三日にわたり予備折衝が行われたことは当事者間に争いがない。)。
(四) そこで、被控訴人をはじめ本件配置転換の対象者たる組合員(大久保鶴雄を除く。)は、控訴人が団体交渉に応じなかつたものとして、昭和三九年一一月二一日の決定にもとづき、同月二四日午前九時以降同月二六日午後五時までの間新配置先に就労せず、旧職場に止り、また、本件配置転換命令に伴い勤務時間を変更された他の組合員も当該時間に勤務しないで旧勤務時間割によつて就労し、いずれも病院長、事務長の再三にわたる就労勧告にも応じなかつた。この間において、被控訴人は、組合員らの前記行動を指揮推進したのみならず、非組合員たる配置転換対象者平賀よ志子、石井忠三、赤池美代子その他の非組合員に対し組合員の右行動に協力すべきことを説得する挙に出た(本件配置転換対象者たる組合員ら(大久保鶴雄を除く。)が、昭和三九年一一月二四日から同月二六日午後五時までの間新配置先に就労せず、旧職場に止つたことは当事者間に争いがない。)。
(五) 叙上組合の配置転換拒否行動により、原判決別紙一覧表記載のとおり、各病棟において勤務者の重複、欠缺が生じたため(ただし、右一覧表A欄の数値は看護人のほかに雑役を含めたものである。なお、右一覧表中第一病棟の25日午後五時―翌午前一時欄B欄に「0」とあるのは「1」の誤記と認める。)、控訴病院における業務の指揮命令系統が混乱し(たとえば、被控訴人が旧職場たる第三病棟に止り、新らたに第三病棟主任となつた大久保鶴雄に主任事務の引継を行わないために生じた混乱などはその顕著な一例である。)、治療看護の両面おいて十分に業務が遂行されえないこととなつた。すなわち、前記期間を通じ、治療の面においては、患者の現在の病状を維持するに必要な最小限度の治療行為に止めなければならなかつたが、それとても、完全を期し難く、症状の悪化した患者に対しては連続施用を怠ればその効果の著しく減殺されるインシユリン療法も一時中止することを余儀なくされたものが数例ある。ことに、作業療法は、新らたに作業療法主任を命じられた被控訴人が就労せず、作業指導の中心を欠くにいたつたため、平常ならば作業療法として室外作業に従事するはずの第三病棟収容患者四八名は病棟内に留め置かれ、専ら室内作業にのみ従事させられたので、気分転換ができず、不満を訴える者が多く作業療法として全く効果を挙げることができなかつた。また看護の面においては、患者の起床、就寝、洗面、排便等の指導、巡視などが不行届となつた。さらに、勤務者中配置転換命令に従う者とこれを拒否する者との間に醸成されたとげとげしい感情的対立は患者に反映してその不安感を増大させたばかりでなく、新配置部署に就くべく説得する管理職とこれに従わない看護者との間に交わされる言辞の応酬が激越となると、これを見聞する患者は一様に興奮し、廊下を右往左往し、肩が触れ合つたことを理由に口論に及ぶような状態で、心神の動揺不安定による不眠、妄想、離人症等の症状が明瞭に看取されるようになり、特に症状の甚しい患者に対しては電気療法を実施するのやむなきに至つた位である。
(六) 以上のような事態に鑑み、控訴人は、昭和三九年一一月二五日理事会において、同日の夜間から翌二六日午前中まで組合側の配置転換命令拒否行動が継続する限り、二六日午後一時を期して右行動に出た被控訴人ら組合員に対する懲戒処分を行うことに決した。しかるに、組合側は依然として配置転換命令拒否行動を続けた。そして、被控訴人は二六日午後、一部組合員と協議して、一応同日午後五時以後新勤務に就くこととするが、昭和三九年一二月一〇日以降無期限ストライキに入る旨の予告をすることに決し(組合大会でスト権を確立した事実を認めるに足る証拠はない。)、控訴人に対し、新配置先への就労の通告およびストライキ予告をした。その際、被控訴人が控訴人代表者(控訴病院長)に対し、組合員が新勤務に就くのは看護職の使命感から出たものではなく、組合が本件配置転換命令に対する戦術の誤りを犯したためであると揚言したので、控訴人代表者は、他の理事に対し以上の事情を説明し、理事全員の一致した意見にもとづき、被控訴人に対し、本件解雇の意思表示をするとともに本件配置転換命令に従わなかつた組合員およびこれに協力した組合員に対し被控訴人主張のような懲戒処分を行つた(前記各日時に新配置先への就労予告およびストライキ通告がなされ、控訴人が被控訴人主張のような懲戒処分を行つたことは当事者間に争いがない。)。
以上のとおり一応認定できる。原審における証人斉藤道男、同島田愛子、同渡辺弘三、同斉藤隅子、原審および当審における被控訴人本人(原審は第一ないし第三回)の各供述中以上の認定に反する部分は信用できず、他に以上の認定を妨げる適確な疏明はない。
(解雇の効力について)
(一) 成立に争いのない乙第一号証によれば、控訴病院就業規則第四八条は従業員の懲戒の種類、内容を列記し、同条第五号に「懲戒解雇、即日解雇する。但しこの場合行政官庁の認定を得る。」旨規定していることが明らかである。右第五号但書の規定はその措辞やや簡に失する嫌いがあるが、その趣旨とするところは、労働基準法第二〇条第一項但書、第三項の規定を承け、懲戒解雇をするときは予告をせず、また予告手当を支払わないが、解雇事由につき行政官庁の認定を受けなければならないことを確認的に規定したものであることが本件弁論の全趣旨によつて認められる。ところで、右労働基準法の規定は、およそ懲戒解雇をする場合は解雇事由につき行政官庁の認定を受けるべきであり、これがない以上右解雇を無効とする法意であるとは解されないから、たとえ控訴人が被控訴人を懲戒解雇するに当り解雇事由につき行政官庁の認定を受けなかつたとしても、その一事により本件解雇の意思表示を前記就業規則の規定に違反する無効なものとすることはできない。
(二) 控訴人が被控訴人につき就業規則第五一条第一号および第五号に該当する事由があるとして本件解雇の意思表示をしたことは前述のとおりであるところ、右第五一条第一号は「前条各号の行為の情状が特に重いとき又は再度に及んだとき」と規定し、第五〇条は第一号ないし第五号より成るが、そのうち第一号はさらに第四九条の第一号ないし第六号を承けて「前条各号の行為の情状が重いとき又は再度に及ぶとき」と規定しているため(就業規則の条文の構成は、第五〇条第一号の規定内容を除き当事者間に争いがない。第五〇条第一号の規定内容は前記乙第一号証によつて認める。)、ただ就業規則第五一条第一号および第五号該当と表示した本件解雇の意思表示によつては、第一号関係の解雇事由を具体的に特定しえないが、元来、解雇の意思表示において使用者が従業員を解雇すべき理由を具体的に挙示することは必要でないから、右の点は本件解雇の意思表示を無効とする根拠となしえない。まして、本件解雇の意思表示において解雇事由が特定されていないからといつて、被控訴人を解雇すべき事由が客観的にも存在しなかつたとか、被控訴人を解雇する真因が就業規則所定の解雇事由以外にあつたとかいう被控訴人の主張はすべて失当たるを免れない。
かえつて、さきに認定した事実関係のもとにおいては、控訴病院の従業員として本件配置転換命令に服すべき被控訴人が控訴人側の再三の就労勧告にかかわらず新配置先の部署に就労せず、あえて旧職場に止つたのみならず、配置転換対象者たる組合員およびその他の組合員に働きかけて、新勤務を拒否して旧勤務時間割に従つた就労をなさしめ、非組合員に対しては組合の本件配置転換命令拒否方針に対する協力方を説得し、これがため控訴病院の治療ならびに看護業務の遂行を阻害し、特に一部患者の病状に相当の悪影響を及ぼす結果を招いたことは前認定のとおりである。叙上のような組合の行動はとうてい労働組合の正当な活動と評価しえないものであり、かかる組合の行動を指揮推進し、かつ、自ら本件配置転換命令にもとづく就労を拒否した被控訴人の行為は不当であつて、就業規則第五一条第一号、第五〇条第四号(「正当の理由なく上司に反抗したり命令を守ら」ず、その「行為の情状が特に重いとき」)、同条第一号、第四九条第六号(「職場の………秩序を乱し」、その「行為の情状が重いとき」)所定の懲戒解雇事由に該当するものとすべきである(就業規則に上記懲戒解雇事由の定めがあることは前記乙第一号証によつて認める。)。
(三) 組合員について懲戒解雇処分が行われた場合において、解雇事由に該当する事実が存在するときでも、使用者の解雇についての決定的動機がその者が組合員であること、もしくは労働組合の正当な行為をしたことにあるならば、右解雇処分は不当労働行為であることを免れないが、本件において控訴人がそのような動機にもとづいて被控訴人を解雇したものとは認め難い。すなわち、
(イ) 被控訴人は、組合が昭和三九年一一月一四日控訴人に対し、年末手当三カ月分の支給、看護人五名の欠員補充、精勤手当一カ月一、〇〇〇円の本給繰込を要求し、右要求事項について同月二一日団体交渉を開催するよう申し入れたところ、控訴人が同月二〇日団体交渉申入を承諾し、ただ右二一日は支障があるから二四日に開催したい旨回答したので、組合は二〇日正午にこれを諒承したところ、控訴人がその直後本件配置転換命令を発したのであつて、配置転換をする合理的必要性はなく、ただ組合の弾圧を企図したものに過ぎないと主張し、その主張のような経緯により配置転換命令の発せられたことは当事者間に争いのないところであるが、本件配置転換命令が控訴人の業務上の必要にもとづき、相当の合理的根拠を有することは前認定のとおりであり、また、右命令の内容が対象者の労働条件を著しく不利にするものではないから、右の時点において本件配置転換命令が出されたからといつて、これを不当の命令であるとするのは当らない。
(ロ) 原審における証人渡辺晏行、同横谷忠彦の各証言によると、組合結成以来組合員と非組合員との間に感情的軋轢が生じたことがきつかけとなつて、非組合員の間に、自らの労働条件の改善等を目的として結束しようという気運が生れ、昭和三九年七月三一日(すなわち、組合結成の二〇日後)控訴病院の精神医学的社会事業員横谷忠彦を会長、医師中沢敦子を副会長とし、非組合員二五名より成る互助会と称する団体が結成され、右互助会は控訴人と数回にわたり折衝を行い、従業員の給与、看護態勢の改善等を要求してきたことが認められるが(控訴病院の従業員間に互助会が結成されたことは当事者間に争いがない。)互助会がいわゆる御用組合であつて、控訴人がその結成のイニシアテイブをとり、組合に対抗させたとの被控訴人主張事実を肯認すべき疏明はない。
(ハ) 原審における証人斉藤道男の証言、被控訴人本人尋問の結果(第一回)によると、当初組合を結成した従業員三九名はその後逐次組合を脱退し、その数は本件配置転換命令が発せられた頃までには二一名に達したこと、右組合脱退者中一七名が前記互助会に入会したこと、その後さらに組合員の脱退が続き現在、組合員は被控訴人を含めわずか八名にすぎないことが認められるが(組合結成後脱退者があつたこと、右脱退者の中互助会に入会した者があつたことは当事者間に争いがない。)、右組合員の組合脱退、互助会への加入が控訴人の圧力によるものであるとする被控訴人の主張に添う原審における証人斉藤道男、原審および当審における被控訴人本人(原審は第一回)の各供述部分は原審および当審における証人渡辺晏行の供述に照らして信用できない。当審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認めうる甲第六ないし第一〇号証も被控訴人の前記主張を肯認すべき資料とし難い。
(ニ) 控訴病院管理者がしばしば反組合的言辞を弄した旨の被控訴人の主張事実を肯認しうる疏明はない。
(ホ) その他控訴人が組合または被控訴人を嫌悪または敵視し、被控訴人が組合の執行委員長として組合の正当な活動をしたことの故に被控訴人を解雇したものであることを窺いうる疏明はみあたらない。
(四) よつて、控訴人の本件解雇の意思表示は有効であるといわざるをえない。
第三、むすび
以上説示したとおりであるから、控訴人の本件解雇の意思表示が無効であることを前提として本件解雇の意思表示の効力を仮りに停止する旨の仮処分命令を求める被控訴人の本件申請は仮処分の理由を欠くものというべく、被控訴人に保証を立てさせて申請を認容することも相当でない。したがつて、被控訴人の本件申請を認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由がある。
よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡部行男 坂井芳雄 蕪山厳)
(別紙)
看護人数一覧表
病棟
看護人等の別
小計
正看護人
准看護人
補助看護人
雑役
第一病棟
6
1
4
2
13
第二病棟
5
5
1
0
11
第三病棟
1
3
3
1
8
総計
32
(注) ○ 第二病棟の正看護人、准看護人の中には退職申出中の者各一名(志村梅子・秋山和子)が入つている。
○ 第三病棟の准看護人の中には昭和三九年六月中の退職者(山本美恵子)は入つていない。
○ 作業療法主任(准看護人大久保鶴雄)、外来勤務の看護人(正看護人平賀よ志子)は入つていない。